観光モデルルートWelcome港区

歴史散歩!
司馬遼太郎が歩いた“赤坂”〜『街道をゆく』赤坂散歩から〜

観光ルート

  1. 最古の東京人
  2. 氷川坂界隈
  3. お奉行と稲荷
  4. 高橋是清
  5. 乃木坂
  6. ソバと穴
  7. 赤坂の閑寂
  8. 坂のあれこれ

観光情報メールマガジン 「Welcome港区」 配信中!

メールマガジンの登録はこちら

この内容は、毎週木曜日にメールマガジンで配信しています。 お役立ち情報が満載!購読は無料です。まだ登録されていない方は今すぐコチラから!

【8】坂のあれこれ

赤坂で坂の道を楽しむ

赤坂という地名の由来には幾つかあり、1500年代、紀伊国坂が中心地で坂の上に茜草が多く生育していたことから、赤根山(茜山)と呼ばれるようになり、そこに上る坂という意味で赤坂になったといわれています。
“赤坂”という地名からもわかるように、赤坂には多くの坂があり、その数はゆうに20を越えます。広い道から路地に隠された小さな坂にいたるまで、「坂」が街の歴史を語ってくれます。司馬もまた、赤坂の坂を上り下りしながら、思索をめぐらせています。

〈まことに江戸には坂が多く、名称のついた坂だけで三百以上もあった。江戸の坂の名のいわれに関心をもった人として、古くは戸田茂睡がいた。(中略)茂睡の右の書物の中で江戸三十一の坂について書いているが、赤坂の坂としては榎坂しかふれていない。となると、当時は霊南坂より榎坂のほうが風致もよく有名だったにちがいない。〉

すでに紹介しましたが、司馬は、急勾配の霊南坂を下るのが好きだといい、氷川神社前の昔ながらの道幅の氷川坂のよさに惹かれ、乃木坂では乃木将軍の半生に想いをはせています。

〈ホテルオークラとアメリカ大使館の白い塀のあいだを、霊南坂が急勾配でかたむいている。私はそこをくだるのが好きで、塀ぞいの歩道をくだりつつ、江戸時代、いま塀のむこうにあるアメリカ大使館が、常火消の御役屋敷であったことを思ったりする。…〉

〈…神社の前の坂がいい。江戸時代は無名坂などといわれたそうだが、その後、氷川坂とよばれている。この坂のよさは、江戸のむかしから路幅も距離もかわっていないということである。(中略)市中でありながら人も車もあまり通らず、佇んでいると、江戸のむかしに帰ったような思いがする。…〉

〈赤坂には「乃木坂」がある。この名称は、明治の軍人にして赤坂の乃木神社の祭神である乃木希典からとられた名であることはまちがいない。といって、解釈の仕方次第では人名ではなく、神名であるともいえる…〉

赤坂の街を歩いていると、かならず坂と出会います。そこには坂の名前とその由来を記した標柱が、坂の上と下に設置されています。ちょっぴり立ち止まり、坂の由来に想いをはせながら、坂探訪をしてみてはいかがでしょうか。


  • 桜坂。明治中期に新しく作られた道筋で、坂下に大きな桜の木があったことに由来します。

  • 南部坂。「忠臣蔵」で有名な“南部坂雪の別れ”で知られ、江戸時代初期に南部家中屋敷がありました。

  • 転坂(ころびさか)。江戸時代から道が悪く、通行する人がよくころんだことから呼ばれました。

  • 牛鳴坂(うしなきざか)。赤坂から青山へ抜ける厚木通で、路面が悪く車をひく牛が苦しんだためそう名付けられました。

  • 江戸見坂(えどみさか)。江戸の市街地を一望できたためにその名がつきました。

  • 汐見坂(しおみざか)。かつては海を眺望できた坂でした。この坂も司馬は“赤坂散歩”で歩いたはずです。

※上記写真をクリックすると大きな写真が見れます。

インフォメーション

赤坂サカス
所在地 赤坂5丁目
東京ミッドタウン
所在地 赤坂9-7

ページの先頭へ戻る

Welcome港区TOPへ