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歴史散歩!
司馬遼太郎が歩いた“赤坂”〜『街道をゆく』赤坂散歩から〜

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【2】氷川坂界隈

いまも人通りの少ない氷川坂

〈赤坂台から降りて、赤坂氷川神社まで出かけてみた。〉

ではじまる“氷川坂界隈”の項では、まず神社の前の坂がいいといって、氷川坂を取り上げています。

〈…神社の前の坂がいい。江戸時代は無名坂などといわれたそうだが、その後、氷川坂とよばれている。この坂のよさは、江戸のむかしから路幅も距離もかわっていないということである。古風にいうと、幅は三間(1間は約1・8メートル)、長さは七十七間だという。市中でありながら人も車もあまり通らず、佇んでいると、江戸のむかしに帰ったような思いがする。…〉

たしかにいまも人や車の通りは多くありませんので、のんびりと歩くことができます。むかしは各地の大名屋敷があった土地で、そのため長い間名前のない坂だったようです。“赤坂通り”方面から来れば、ゆるやかな上り坂となり、上りきるすこし手前に赤坂氷川神社の旧正面口があります。

〈…坂の片側は神社の杜(もり)で、他の片側も林の相をなしているのである。〉

と司馬は記していますが、氷川坂の両側は比較的新しい低層階のマンションが立ち並んでおり、うっそうとした感じを漂わすのは、氷川神社入り口周辺だけになっています。


  • 氷川坂。標識の説明には「八代将軍吉宗の命で建てられた赤坂氷川神社のもと正面に当たる坂である。」とあります。

  • ふだんでも人通りの少ない氷川坂。坂の幅や長さは江戸のむかしからあまり変わっていないといいます。

  • 坂の途中に、赤坂氷川神社の入り口があります。

※上記写真をクリックすると大きな写真が見れます。

インフォメーション

氷川坂
所在地 赤坂6-8、6-10のあいだ

いまも変わらぬ閑寂な境内

つづいて、赤坂氷川神社の境内に入り、拝殿・本殿の簡素さに感心します。

〈…拝殿・本殿はよほど奥まっていて、都の文化財になっている。江戸の宮大工は腕がいいとされたが、ただ東照宮の影響のせいか、装飾過剰のきらいがある。軒をささえる斗(ます)や肘木(ひじき)といった組物(くみもの)、あるいは彫刻などを不必要に多用するのである。ところが、この赤坂氷川の拝殿・社殿は朱塗をかけてところどころ剛(つよ)い金具を打っただけで。じつにすっきりしている。(中略)…拝殿の明り障子の採光のぐあいなどもじつにやわらかく、それに御簾(みす)と青畳が、朱漆によく似あって神寂びた色気さえ感じさせる。〉

石畳を踏みつつ、古い木々に囲まれた境内を散策すると、“ここはほんとうに赤坂なの”と思えてくるほどで、境内の静謐さはいまも多くの人が感じるところです。


  • 赤坂氷川神社は、享保15(1730)年、八代将軍徳川吉宗がこの地に社殿を建立した神社です。

  • 社殿は全部が朱漆塗りで、都の有形文化財に指定されています。

  • 「朱塗をかけてところどころ剛い金具を打っただけで、じつにすっきりしている」と司馬も評価しています。

※上記写真をクリックすると大きな写真が見れます。

インフォメーション

赤坂氷川神社
所在地 赤坂6-10-12
ホームページ http://www.akasakahikawa.or.jp/

忠臣蔵とゆかりの深い、氷川神社

境内を散策した司馬も、

〈境内も、閑寂でいい。絵馬堂もあり、みこしなどをおさめた蔵などもあるのだが、いずれの建物も気品がある。ところで、境内を歩いていて、多少の悲しみを感じるのは、…〉

といい、かつて当地が忠臣蔵・浅野内匠頭の夫人・瑤泉院(ようぜんいん)の実家である浅野土佐守邸跡であったことに思いをはせます。忠臣蔵では、大石内蔵助が討ち入り前に当地を訪れて別れを告げたといわれる「雪の別れ」で有名な「南部坂」が近くにありますが、当然ながら、それは創作であろうと司馬は断言しています。
境内には、絵馬堂や蔵以外にも、天然記念物の大イチョウや四合稲荷、西行稲荷など見どころがたくさんあります。


  • 勝海舟ゆかりの四合(しあわせ)稲荷神社。勝海舟筆の「四合稲荷社」という扁額も現存しています。

  • 西行稲荷神社。別名「火伏の稲荷」ともいわれ、火災除のご利益があるといわれています。

  • 本殿手前にある額堂。月岡芳年筆の「『ま組』火消し絵馬」(区指定文化財)などが奉納されています。

※上記写真をクリックすると大きな写真が見れます。

勝海舟邸跡や赤坂みすじ通りを歩く

このあと、司馬は勝海舟の屋敷跡や赤坂みすじ通りの商店街にも足をのばしています。当時、勝海舟の屋敷跡は氷川小学校でした。

〈…私もその氷川小学校に行ってみたが、きれいな化粧タイル張りの門を持った学校で、門のそばに海舟の屋敷にあったという老樹がそびえていた。…〉

しかし、氷川小学校は平成5年3月に閉校になり、「赤坂子ども中高生プラザ」、愛称「プラザ赤坂なんで〜も」という児童館施設に変わりました。正面門には大きなイチョウがそびえていました。つづいて、赤坂みすじ通りに向かいます。

〈…スズラン灯が両側に立つ赤坂三筋通りを歩いてみた。通りの中ほどの角に四方(よも)という酒屋さんがあって、そのむこうに山田さんという豆腐屋さんがある。〉

ここで司馬は、創業三百年になるという山田豆腐店の豆腐づくりの継承と持続性に感嘆し、〈…つづいたということでは、大名の家よりも偉大だといえる。〉と感心しています。
いま、通りを歩いてみると、残念ながら山田豆腐店はありませんが、酒屋さん「四方」は元気に店を構えていました。掲げられた看板をみると「創業1624年(寛永元年)」とあります。すると今年で創業386年です。司馬のいう〈大名の家よりも偉大だ〉の思いが重なります。


  • 旧氷川小学校の跡地に建つ「プラザ赤坂なんで〜も」の入り口近くには「勝安房邸跡」の碑があります。

  • 「プラザ赤坂なんで〜も」の壁面に描かれた楽しいマーク。つい入りたくなってしまいます。

  • 赤坂みすじ通りにある酒店「赤坂四方」(あかさかよも)。看板には寛永元(1624)年創業とあります。

※上記写真をクリックすると大きな写真が見れます。

インフォメーション

プラザ赤坂なんで〜も
所在地 赤坂6-10-39
四方(よも)
所在地 赤坂3-12-21

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