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〜祭りの準備を歩く〜
観光モデルルート 〜祭りの準備を歩く〜
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1 春日神社と芝大神宮
 
2 白金と赤坂の氷川神社
 
3 赤坂豊川稲荷と天祖神社
 
4 みなと区民まつりの地。もともとの芝公園の周り(芝公園地1〜25号)を歩く
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◆白鳳時代に創建された白金氷川神社(しろがねひかわじんじゃ)
 東京メトロ南北線・都営三田線「白金高輪駅」から、白金一丁目の交差点を高輪総合支所を背にし、恵比寿方面に歩きます。しばらく歩くと左側に鳥居が見えます。ここが白金氷川神社です。
 白鳳時代のころ、白金村の総鎮守として建立されたと伝えられています。祭神は須佐之男命(すさのおのみこと)稲田姫命(いなだひめのみこと)大己貴命(おほなむちのみこと)です。社殿は、江戸時代中期の明和の大火(1772年)によって焼失し、江戸後期に再建。しかしその社殿も、昭和20年の空襲に遭い、昭和33年に現在の社殿を竣工しました。
 鳥居をくぐり、30数段の石段を上がると本殿の左側には、開運・招福の神様「建武神社」が、右側には衣食住・守護の神様として「稲荷神社」があります。稲荷神社辺りには、子猫や子犬ほどの大きさのかわいらしいキツネの石像がありました。
7世紀後半の白鳳時代に建立されたという白金氷川神社。 30数段の石段を上がると本殿。左には、開運・招福の神様「建武神社」が、右に衣食住・守護の神様「稲荷神社」あります。 稲荷神社のお社(やしろ)の近くに、子猫や子犬ほどの大きさのキツネの石像がありました。
7世紀後半の白鳳時代に建立されたという白金氷川神社。 30数段の石段を上がると本殿。左には、開運・招福の神様「建武神社」が、右に衣食住・守護の神様「稲荷神社」あります。 稲荷神社のお社(やしろ)の近くに、子猫や子犬ほどの大きさのキツネの石像がありました。
※上記写真をクリックすると大きな写真が見れます。
information
◆白金氷川神社◆
所在地 白金2-1-7
交 通 東京メトロ南北線・都営三田線白金高輪駅より徒歩5分
◆かつては一大工業地帯だった白金一丁目周辺
 白金氷川神社の石段を下りて、道路を隔てたその先に「白金商店街 入口」の看板があります。入っていくと古川に架かる四之橋まで続く、四の橋白金商店街があります。
 このあたりは、NBFプラチナタワーと白金タワーがひときわ目立ちますが、その間に、板金や鉛管、金属加工といった看板も目に付きます。この辺りは、古くから多くの町工場が密集し、都内屈指の工業地帯だったのです。なかでも古川沿いは、芝浦ふ頭からほど近く、荷の運搬に便利だったことから盛んになりました。ネジ、バネ、板金などを製造・加工する多くの町工場を抱え、戦後の復興期から高度経済成長期の日本経済を支えてきました。
白金といえば白金アエルシティも注目されますが、古くからの「四の橋商店街」も人気です。庶民的な商店街が健在です。 港区は工業の発祥の地。この一帯には多くの町工場がありました。現在もバルブやバネ、板金など製造・加工の工場があります。
白金といえば白金アエルシティも注目されますが、古くからの「四の橋商店街」も人気です。庶民的な商店街が健在です。 港区は工業の発祥の地。この一帯には多くの町工場がありました。現在もバルブやバネ、板金など製造・加工の工場があります。
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◆南部坂から赤坂氷川神社(あかさかひかわじんじゃ)へ
 東京メトロ銀座線・南北線白金高輪駅から溜池山王駅で降り、溜池方向に向かいます。六本木通りをアークヒルズを目標にしながら、六本木方面へ。アークヒルズが近くなったところで右折。そこが「南部坂」です。江戸時代に南部家の中屋敷があったことからその名がつきましたが、あまりにも険しいので「難歩坂」とも書かれました。
 坂を上りきると、右手に緑濃い木立に覆われた杜(もり)、赤坂氷川神社が見えてきます。正面の鳥居をくぐり、境内に入ると涼として雰囲気が漂い、心が鎮まります。  赤坂氷川神社は、享保15(1730)年、八代将軍徳川吉宗がこの地に社殿を建立したという由緒ある神社です。境内には樹齢400年といわれる、大きなイチョウの木がありました。そのすぐ脇には、料理人たちの包丁供養のための「包丁塚」がありました。赤坂の老舗料亭をはじめ、多くの飲食店を支えてきた包丁への感謝の気持ちがわかります。
 なお、赤穂浪士の討ち入り事件が起きたころ、この地は浅野土佐守(安芸三次藩)の下屋敷でした。土佐守の三女は浅野内匠頭の正妻、内匠頭の切腹後はこの屋敷で瑶泉院として余生を過しました。
「南部坂」は講談「南部坂雪の別れ」にも登場する急坂。この坂沿いに、アメリカ大使館宿舎が広がっています。 赤坂氷川神社は、享保15(1730)年、八代将軍徳川吉宗がこの地に社殿を建立した神社です。 境内の一角には、料理人たちの包丁供養のための「包丁塚」がありました。道具を大切にする気持ちが伝わってきます。
「南部坂」は講談「南部坂雪の別れ」にも登場する急坂。この坂沿いに、アメリカ大使館宿舎が広がっています。 赤坂氷川神社は、享保15(1730)年、八代将軍徳川吉宗がこの地に社殿を建立した神社です。 境内の一角には、料理人たちの包丁供養のための「包丁塚」がありました。道具を大切にする気持ちが伝わってきます。
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◆100年ぶり!の2台山車(だし)巡行
 赤坂氷川神社は、江戸七氷川のひとつであり、元准勅祭東京十社のひとつでもあります。ヤマタノオロチを退治した素盞嗚尊(すさのおのみこと)を祀り、その勇猛果敢さから厄除けのご利益が、また奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)と結ばれたことから良縁に恵まれるといわれています。
 平成20年の赤坂氷川神社の祭礼(赤坂氷川祭)の最大の見どころは、赤坂氷川山車2台の巡行です。赤坂氷川山車は江戸文化を伝える江戸型山車として知られ、複数台部分的に残っていました。しかし、損傷がひどく廃棄寸前だったため、修復作業が保存会などの尽力でおこなわれ、昨年1台が復活。ことしはさらにもう1台加わります。
 山車は高さ7メートル、幅3メートル弱、奥行き4.5メートル、重さ3トンもあります。
 2台一緒の巡行は、100年ぶりともいわれ、歴史的な出来事です。
「江戸型山車」と呼ばれる三層構造の山車。今年は赤坂表一二町会と赤坂新二会の二台の山車が赤坂を練り歩きます。 鬱そうとした鎮守の森のなかには、樹齢400 年の保存樹木や御神木があります。
「江戸型山車」と呼ばれる三層構造の山車。今年は赤坂表一二町会と赤坂新二会の二台の山車が赤坂を練り歩きます。 鬱そうとした鎮守の森のなかには、樹齢400 年の保存樹木や御神木があります。  
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information
◆赤坂氷川神社◆
所在地 港区赤坂6-10-12
交通 東京メトロ・千代田線赤坂駅より徒歩6分
東京メトロ・南北線六本木一丁目駅より徒歩5分
東京メトロ・日比谷線・都営大江戸線六本木駅より徒歩6分
TEL 03-3583-1935
URL http://www.akasakahikawa.or.jp
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