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赤坂の新・今昔物語
新名所「赤坂サカス」から、歴史の舞台となった赤坂、緑多き赤坂を訪ねて
観光モデルルート 新名所「赤坂サカス」から、歴史の舞台となった赤坂、緑多き赤坂を訪ねて
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1 赤坂らしさを探して
 
2 バラ園近くに勝海舟ゆかりの地、そして永井荷風も住んでいた
 
3 「軍隊の町」でもあった赤坂
 
4 歴史の舞台に自然が活き活きと
 
5 東京ミッドタウンと檜町公園
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●近代の歴史舞台で●
◆「赤坂サカス」から三分坂へ◆
 スタートを赤坂サカスにします。千代田線・赤坂駅から、映像が階段の側面に映し出される「メディア・ステア」をのぼって「サカス広場」に出ます。
 ここは江戸時代には安芸備後藩(あきびんごはん、現在の広島)の浅野松平安芸守の江戸中屋敷として、明治の初めは陸軍裁判所、昭和26年からは近衛歩兵第三連隊の兵舎となりました。戦前の写真を見ると、赤煉瓦の立派な建物です。戦後の混乱を経て、TBSがこの地にやってきたのは、昭和30年のことです。
 サカス広場からTBS前を通り、楽屋まえの駐車場から階段をのぼって通りに出ます。小さな通りを渡って、左へいき、さらに道を渡ると「三分坂(さんぷんざか)」。下ったと思いきや90度右に折れ、また急な下りです。かつて、あまりの急勾配だったため車賃が銀三分(今の100円程度)割り増しされ、それでこの名がついたと伝えられています。
階段にいろいろな映像が映し出されます。のぼることが絵になるMedia Sttairs。 赤坂BLITZの裏。楽屋の駐車場前の道から、通路に出る階段があります。
階段にいろいろな映像が映し出されます。のぼることが絵になるMedia Sttairs。 赤坂BLITZの裏。楽屋の駐車場前の道から、通路に出る階段があります。
階段をのぼって一般の道へ。ここを渡り、左に折れます。 横断歩道を渡ると、すぐにこの急坂「三分坂」となります。
階段をのぼって一般の道へ。ここを渡り、左に折れます。 横断歩道を渡ると、すぐにこの急坂「三分坂」となります。  
※上記写真をクリックすると大きな写真が見れます。
◆三分坂のわきの報土寺。白と黒のアートな築地(ついじべい)◆
 坂が急なのも驚きですが、見えてきた白と黒のシマシマの塀がなんとも風情があります。報土寺の土塀です。屋根のある土塀を築地塀(ついじべい)といいますが、なかでも瓦が横に並べられているのを練塀(ねりべい)といいます。このように9メートルも練塀が残されているのは珍しくなりました。しかも、ここの場合は坂に沿っているため塀が弓なりになっています。味のある土塀です。
白と黒の塀が見えてきます。屋根のある築地塀は、寺町の面影を残しています。 築地塀のなかでも瓦が横に埋め込まれているものを練塀(ねりべい)といいます。
白と黒の塀が見えてきます。屋根のある築地塀は、寺町の面影を残しています。 築地塀のなかでも瓦が横に埋め込まれているものを練塀(ねりべい)といいます。 やや湾曲しているところも味があります。
坂を下りきったら、左に少し進むと赤坂通りに突き当たります。「赤坂五丁目交番前」の交差点です。赤坂五丁目交番はかわいい三角屋根です。 坂を下りきったら、左に少し進むと赤坂通りに突き当たります。「赤坂五丁目交番前」の交差点です。赤坂五丁目交番はかわいい三角屋根です。
坂を下りきったら、左に少し進むと赤坂通りに突き当たります。「赤坂五丁目交番前」の交差点です。赤坂五丁目交番はかわいい三角屋根です。 坂を下りきったら、左に少し進むと赤坂通りに突き当たります。「赤坂五丁目交番前」の交差点です。赤坂五丁目交番はかわいい三角屋根です。  
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◆赤坂通りから乃木坂へ◆
 坂を下りきったら、左に曲がります。少し進むと赤坂通りに突き当たります。「赤坂五丁目交番前」の交差点に出ました。
 車と人の多い赤坂通りに出ました。交番を背にして、直進します。やがて、区立赤坂小学校の看板が右に見えてきます。歩道沿いに小さな緑地があり、そこには「檜町小学校」と書かれた石碑がありました。しばらく行くと区立赤坂中学校、大きなトチの木のある桑田記念児童遊園もあり、緑も楽しめる通りです。
 そうして緩やかな上り坂に。この坂が「乃木坂」です。交差点手前に乃木神社、乃木会館、そして旧乃木邸があります。乃木坂という名は、地下鉄の駅名にもなっていますが、この坂は明治までは幽霊坂といわれていました。この地に住んでいた乃木希典大将が明治天皇に殉じて自刃したことから、大正元年9月、乃木坂と改名されたのです。
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◆乃木神社◆
所在地 赤坂8-11-27

赤坂通りに面して小さな緑地があり、区立赤坂小学校の看板とかつてここにあった「檜町小学校」の石碑があります。 赤坂通りに面して小さな緑地があり、区立赤坂小学校の看板とかつてここにあった「檜町小学校」の石碑があります。
赤坂通りに面して小さな緑地があり、区立赤坂小学校の看板とかつてここにあった「檜町小学校」の石碑があります。 赤坂通りに面して小さな緑地があり、区立赤坂小学校の看板とかつてここにあった「檜町小学校」の石碑があります。
直進していくと、乃木坂の緩やかな上り坂になります。 乃木神社の鳥居前に乃木坂の由来の碑があります。
直進していくと、乃木坂の緩やかな上り坂になります。 乃木神社の鳥居前に乃木坂の由来の碑があります。  
※上記写真をクリックすると大きな写真が見れます。
◆旧乃木邸◆
 乃木将軍、乃木大将とも呼ばれる乃木希典(1849-1912)は、港区麻布、今の六本木ヒルズあたりに長州藩(現・山口県)の支藩、長府藩の藩士の子として生まれました。 日清戦争で歩兵第1旅団長として、日露戦争では第3軍司令官として旅順攻略にあたりました。晩年は、学習院長としてのちの昭和天皇の教育に携りましたが、明治天皇の大葬の当日、自邸で妻の静子とともに殉死しました。
 旧乃木邸は、乃木坂から入ると乃木神社の左側にあります。乃木将軍は、明治12年にこの地に住み、乃木邸は明治35年に乃木自らがフランス陸軍連隊本部の建物を参考に設計したと伝えられています。
 また、前庭には「乃木大将と辻占売(つじうらうり)」という銅像がありました。乃木将軍は、父親を旅順戦で亡くしたために一家の生計を支えるために辻占売りをしているという少年に出会い、励ましました。その後、少年は金箔業で大きな実績を残したそうですが、この逸話は「乃木将軍と辻占売り」という浪曲や八木節にもなっています。希典自身も4人いた子どものうち2人を幼いうちに亡くし、2人を日露戦争で亡くしています。
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◆旧乃木邸及び馬小屋◆
所在地 赤坂8-11-32 乃木公園内

乃木神社の鳥居と本殿。 庭にある「乃木大将と辻占売少年像」の銅像。昭和43年に旧ニッカ池(六本木6丁目)の縁に建てられましたが、周辺の整備のためにここに移建されました。
乃木神社の鳥居と本殿。 庭にある「乃木大将と辻占売少年像」の銅像。昭和43年に旧ニッカ池(六本木6丁目)の縁に建てられましたが、周辺の整備のためにここに移建されました。
旧乃木邸。建物のまわりを廊下のようなものが巡らされていて、ぐるりと見ることができます。 旧乃木邸の入口。最初の複雑な文字は「旧」の旧字体です。
旧乃木邸。建物のまわりを廊下のようなものが巡らされていて、ぐるりと見ることができます。 旧乃木邸の入口。最初の複雑な文字は「旧」の旧字体です。
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◆カンボジア王国大使館、新坂を通ってカナダ大使館◆
 旧乃木邸を出ると、前が外苑東通り。300メートルほど歩いて、山王病院を超えたら、右に曲がってみましょう。カンボジア王国大使館があります。カンボジア王国の国旗にはアンコール遺跡が描かれているのです。遺跡が国旗に描かれている例はほかにありません。
 新坂を上っていくと、カナダ大使館のビルの後ろ側が見えてきます。そのまま進んで突き当たりが、青山通り。右に曲がると、カナダ大使館ビル正面です。
 カナダ大使館の庁舎は、1991年に新しくなりました。「プラース・カナダ」といって、大使館で使わないスペースを賃貸しています。カナダと日本、カナダ人と日本人の出会いや交流も目指してこのような設計になったようです。アート・ギャラリーやシアター、図書館もあって利用できます。
information
◆カナダ大使館◆
所在地 赤坂7-3-38

乃木邸を右に前方を見ると、突き当たりが緑の?に見えます。赤坂御用地です。 江戸時代の元禄のころに新しくできたという新坂(しんざか)を上って、青山通り方面へ。カナダ大使館庁舎の側面が見えます。 青山通りに面したカナダ大使館庁舎。「PLACE CANADA」は賃貸ビルにもなっています。 庁舎内には、ギャラリーやアート作品もあります。
乃木邸を右に前方を見ると、突き当たりが緑に見えます。赤坂御用地です。 江戸時代の元禄のころに新しくできたという新坂(しんざか)を上って、青山通り方面へ。カナダ大使館庁舎の側面が見えます。 青山通りに面したカナダ大使館庁舎。「PLACE CANADA」は賃貸ビルにもなっています。 庁舎内には、ギャラリーやアート作品もあります。
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◆高橋是清翁記念公園◆
 カナダ大使館の隣が、昭和11年におきた青年将校らのクーデター未遂事件、2.26事件の舞台のひとつとなった「高橋是清翁記念公園」です。ここに、大蔵大臣だった高橋是清が住んでいて、朝5時ごろ兵士らの襲撃を受け、命を落としました。ケインズの経済学理論を踏まえた政策をおこなったことで「日本のケインズ」と呼ばれ、その風貌からダルマ宰相と親しまれました。住まいの建物は、東京・小金井市にある「江戸東京たてもの園」に移設されています。
 なお、入口近くに「最初の赤坂区役所跡」の標示板がありました。明治11年に今の、赤坂・青山地区が赤坂区として誕生したときの役所跡を示しています。しかし、本来の赤坂区役所跡はお隣、草月会館のところでした。
緑におおわれた日本庭園の公園。にこやかな表情の石像が何体もあります。 高橋是清翁の銅像。丸い顔でダルマ宰相と親しまれました。 小川の流れと灯籠が美しいです。
緑におおわれた日本庭園の公園。にこやかな表情の石像が何体もあります。 高橋是清翁の銅像。丸い顔でダルマ宰相と親しまれました。 小川の流れと灯籠が美しいです。
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◆草月会館から赤坂見附駅へ◆
 明治・大正・昭和といきた華道家・勅使河原蒼風(1900-1979)。彼がはじめた草月流の拠点が草月会館です。個性を尊重するいけばなを提唱し、欧米各地でも展覧会を開いて世界的にもその評価を高めました。また、彼は絵画、彫刻、書などさまざまな分野での表現も手がけました。
 1階の草月プラザにはイサム・ノグチによる石庭「天国」があります。ダイナミックな生け花の表現のルーツに出会えるでしょう。
 草月会館を出て、信号を渡り、やや下り坂の道を赤坂見附駅へと向かいます。左には赤坂豊川稲荷が見えます。
information
◆草月会館◆
所在地 赤坂7-2-21
交 通 東京メトロ・半蔵門線・銀座線青山一丁目駅より徒歩5分
東京メトロ銀座線・丸の内線赤坂見附駅より徒歩10分

いけばな草月流の拠点である草月会館。さまざまなジャンルの催しものもあります。 いけばな草月流の拠点である草月会館。さまざまなジャンルの催しものもあります。入口にある石の書「草月」は、勅使河原蒼風の気骨のほどを感じさせます。
いけばな草月流の拠点である草月会館。さまざまなジャンルの催しものもあります。入口にある石の書「草月」は、勅使河原蒼風の気骨のほどを感じさせます。 いけばな草月流の拠点である草月会館。さまざまなジャンルの催しものもあります。入口にある石の書「草月」は、勅使河原蒼風の気骨のほどを感じさせます。
赤坂見附駅に向かう道。右に赤坂総合支所が見えます。 赤坂見附駅に向かう道。左は赤坂豊川稲荷。5月に大祭があります。
赤坂見附駅に向かう道。右に赤坂総合支所が見えます。 赤坂見附駅に向かう道。左は赤坂豊川稲荷。5月に大祭があります。  
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