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赤坂の新・今昔物語
新名所「赤坂サカス」から、歴史の舞台となった赤坂、緑多き赤坂を訪ねて
観光モデルルート 新名所「赤坂サカス」から、歴史の舞台となった赤坂、緑多き赤坂を訪ねて
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1 赤坂らしさを探して
 
2 バラ園近くに勝海舟ゆかりの地、そして永井荷風も住んでいた
 
3 「軍隊の町」でもあった赤坂
 
4 歴史の舞台に自然が活き活きと
 
5 東京ミッドタウンと檜町公園
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●花と緑と、歴史上の人々と●
◆氷川公園◆
 赤坂サカスを背に赤坂通りを横断、国際新赤坂ビルの東館と西館の間の道にいきましょう。「赤坂駅出口5a」から地上に出れば、ショートカットできます。
 進行方向に200mほど行くと右手に「氷川公園」が見えてきます。バラの見頃は5月半ばと10月半ばです。この氷川公園は、地下が駐車場になっている人工地盤の公園で平成11年に再整備されました。そのときに、「バラは港区の花でもあるのに区内でバラを見られるところが少ない」という住民たちの要望もあって作られました。
 江戸時代前期、この公園付近は、広島藩浅野家を本家とする浅野藩の本・分家の屋敷がありました。「忠臣蔵」で悲劇を演じる、赤穂藩浅野内匠頭の屋敷もこの地域にあったそうです。
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◆氷川公園◆
所在地 赤坂6-5-4
交  通 東京メトロ千代田線・赤坂駅より徒歩3分

氷川公園には、バラ園があります。公園整備のときに区民の要望でできました。 バラは港区の花。いろんなバラが楽しめます。見頃は、5月半ばと10月半ばです。 バラは港区の花。いろんなバラが楽しめます。見頃は、5月半ばと10月半ばです。
氷川公園には、バラ園があります。公園整備のときに区民の要望でできました。 バラは港区の花。いろんなバラが楽しめます。見頃は、5月半ばと10月半ばです。 バラは港区の花。いろんなバラが楽しめます。見頃は、5月半ばと10月半ばです。
※上記写真をクリックすると大きな写真が見れます。
◆プラザ赤坂なんで〜も◆
 氷川公園を後にして、再びさきほどの道を直進します。赤と緑の大きな「?」と「!」のマークの楽しげな壁の「赤坂子ども中高生プラザ」こと、愛称「プラザ赤坂なんで〜も」が見えます。ここは、旧氷川小学校跡地を利用した児童館ですが、武道場、高齢者施設も一緒になっています。
 さて、ここにかつて住んでいたのが、あの幕末から明治にかけて活躍した勝海舟(1823-1899)です。彼は日本の近代海軍を創設者として知られ、幕末期に新政府軍の西郷隆盛と交渉し、江戸の無血開城に導きました。晩年の三十年近くをこの地で過ごし、要職にあたる一方、時局談話である『氷川清話』などを遺しました。
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◆プラザ赤坂なんで〜も◆
所在地 赤坂6-10-39
交  通 東京メトロ千代田線・赤坂駅より徒歩3分

「プラザ赤坂なんで〜も」の楽しい壁。つい入りたくなってしまいます。 勝海舟が晩年を過ごしたのが、この地でした。明治25年から29年の談話から『氷川清話』が生まれました。 明治41年、氷川公園の場所に東京市氷川尋常小学校ができましたが、昭和4年の近隣の火事により、勝安房邸跡に移転しました。氷川小学校は、平成5年3月に閉校になりました。
「プラザ赤坂なんで〜も」の楽しい壁。つい入りたくなってしまいます。 勝海舟が晩年を過ごしたのが、この地でした。明治25年から29年の談話から『氷川清話』が生まれました。 明治41年、氷川公園の場所に東京市氷川尋常小学校ができましたが、昭和4年の近隣の火事により、勝安房邸跡に移転しました。氷川小学校は、平成5年3月に閉校になりました。
※上記写真をクリックすると大きな写真が見れます。
◆勝海舟邸跡◆
 実はもう1カ所、勝海舟が住んでいた場所が近くにあります。氷川公園にもどり、公園を右手に道なりに進みます。「転坂」(ころびざか)です。坂を下りて右、一つめの角を左にいき、数十メートルのところです。ソフトタウン赤坂というマンションの道に面して「勝海舟邸跡」の柱がありました。幕末から明治元年の約9年、ここに住んでいました。この時期、咸臨丸船長としてアメリカに渡航したり、江戸城無血開城を成功させたりしました。坂本龍馬らが海舟を刺殺しようとやってきたのも、この場所でした。
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◆勝海舟邸跡◆
所在地 赤坂6-10-39
交  通 東京メトロ千代田線・赤坂駅より徒歩3分

江戸時代のころから、通行人がよく転んだという「転坂」 この地で、勝海舟は 36歳から40代半ばまで暮らしていました。坂本龍馬も刺殺しようとやってきました。
江戸時代のころから、通行人がよく転んだという「転坂」 この地で、勝海舟は 36歳から40代半ばまで暮らしていました。坂本龍馬も刺殺しようとやってきました。  
※上記写真をクリックすると大きな写真が見れます。
◆氷川神社◆
 道を転坂のくだったあたりまで戻ります。転坂とほぼ直角なゆるやかな登り坂が、氷川坂です。突き当たった道を右に回り込んで本殿正面の鳥居からいきましょう。鎮守の森の木々と石垣側からの木々で鬱そうとした雰囲気です。
 享保15(1730)年、八代将軍徳川吉宗がこの地に社殿を建立したという由緒ある神社です。中を進むと右手に大きな銀杏の木がありました。樹齢400年の巨樹とか。  すぐ脇には、包丁塚という料理人たちの包丁供養のための塚がありました。赤坂の料亭やさまざまな飲食店を支えてきた包丁とそれを使いこなす料理人たちの深い気持ちを感じることができます。
 氷川坂のほうへ階段を下りていくと、勝海舟が名づけた「四合稲荷」(しあわせいなり)が祀られています。この近辺にあった4社の稲荷神社を明治31年に合祀したのですが、そのときに勝海舟が、四合(しあわせ)と幸せをかけて、命名しました。
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◆氷川神社◆
所在地 赤坂6-10-12
交  通 東京メトロ・千代田線赤坂駅より徒歩6分
東京メトロ・南北線六本木一丁目駅より徒歩5分
東京メトロ・日比谷線・都営大江戸線六本木駅より徒歩6分

 樹齢400年という大銀杏。見上げてみる葉も空も美しいです。八代将軍吉宗公のころは樹齢約100歳でした。  イチョウの側にたたずむ「包丁塚」。赤坂の料理人たちのあたたかい心が感じられます。
樹齢400年という大銀杏。見上げてみる葉も空も美しいです。八代将軍吉宗公のころは樹齢約100歳でした。 イチョウの側にたたずむ「包丁塚」。赤坂の料理人たちのあたたかい心が感じられます。
勝海舟の名づけによる4社が合祀された「四合稲荷社」。もちろん「しあわせ」も願ってのことです。 勝海舟の名づけによる4社が合祀された「四合稲荷社」。もちろん「しあわせ」も願ってのことです。
勝海舟の名づけによる4社が合祀された「四合稲荷社」。もちろん「しあわせ」も願ってのことです。 勝海舟の名づけによる4社が合祀された「四合稲荷社」。もちろん「しあわせ」も願ってのことです。
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◆南部坂から六本木へ◆
 赤坂から六本木方面へと向かいます。境内を背にして、氷川神社とアメリカ大使館官舎の間の道をいきます。官舎の門と洋食「津つ井」の間の道を行くと、急な下り坂になります。ここが「南部坂」。江戸時代に南部家の中屋敷があったことからその名がつきましたが、あまりにも険しいので「難歩坂」とも書かれました。忠臣蔵のなかの「南部坂雪の別れ」は、この坂です。
 下りきると、六本木通り。久国神社を背にして六本木通りに出ると、頭上には首都高速道路、向かいにはアークヒルズが見えます。左に進むと向かいに渡る地下道があるので、ここを利用します。
左が氷川神社、右がアメリカ大使館官舎の坂。緑に包まれます。 南部坂。下るのはあまり大儀ではありませんが、登りは「難歩」坂です。
左が氷川神社、右がアメリカ大使館官舎の坂。緑に包まれます。 南部坂。下るのはあまり大儀ではありませんが、登りは「難歩」坂です。
地下の横断通路と地上と行き来するエスカレーターを利用します。 地上に出たところが、アークヒルズ。階段を登っていくと、サントリーホール前の「アーク・カラヤン広場」です。
地下の横断通路と地上と行き来するエスカレーターを利用します。 地上に出たところが、アークヒルズ。階段を登っていくと、サントリーホール前の「アーク・カラヤン広場」です。
※上記写真をクリックすると大きな写真が見れます。
◆スペイン坂から泉屋博古館、偏奇館跡へ◆
 雰囲気が一変して、現代的な都市空間にやってきました。六本木通りを左に折れ、スペイン大使館に通じるというスペイン坂を登っていくと、ここも緑でいっぱいです。このあたりは、大がかりに整備されて、閑静な住宅地兼オフィス街になっています。
 ここで寄りたいところが、「偏奇館跡」です。文豪・永井荷風が自分の家がペンキで塗られていたことから命名した自宅ですが、このあたりにあったのです。スペイン坂を登りきったら、右へ。地下鉄駅への階段の表示から前へ10メートル弱のところに、石碑がありました。
 すぐ近くには古美術のコレクションで定評がある「泉屋博古館 分館」があります。鑑賞するのもよいでしょう。
information
 
所在地 ●偏奇館跡 六本木1-6
●泉屋博古館 分館 六本木1-5-1
交  通 東京メトロ南北線「六本木一丁目」駅下車すぐ

スペイン大使館に通じるというスペイン坂。ここも緑が多い一帯です。 泉屋博古館 分館。古美術のコレクションをもとにさまざまな企画展が催されています。
スペイン大使館に通じるというスペイン坂。ここも緑が多い一帯です。 泉屋博古館 分館。古美術のコレクションをもとにさまざまな企画展が催されています。
作家・永井荷風が住んでいた「偏奇館」の跡です。ペンキ塗りの家だったことからその名がつきました。 東京メトロ・南北線六本木一丁目駅への通路案内があり、階段を登っていくと泉屋ガーデンに出ます。アート的な表示が楽しい。駅の改札がガラス越しに見えます。
作家・永井荷風が住んでいた「偏奇館」の跡です。ペンキ塗りの家だったことからその名がつきました。 東京メトロ・南北線六本木一丁目駅への通路案内があり、階段を登っていくと泉屋ガーデンに出ます。アート的な表示が楽しい。駅の改札がガラス越しに見えます。
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