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| JR田町駅三田口から第一京浜を南西へ進み、札の辻交差点の歩道橋を三田3丁目方面へ。慶大生の通学コースより少し遠回りしますが、歩道橋の上から見る東京タワーの眺めは絶景です。歩道橋を下りて三田通りを北へ進み、三田2丁目の交差点を左に行くと、すぐに緑に囲まれた慶應義塾大学三田キャンパスが見えてきます。
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| 都営三田線・浅草線三田駅と接続するJR田町駅三田口。反対側の芝浦口に比べ企業や学校が多く朝夕はかなり混み合う |
「札の辻」という名の由来は、江戸時代中期に高札場が設けられ布告法令などが掲示されたことによる |
三叉路になっている三田2丁目交差点。慶大三田キャンパスは小高い土地に位置していて明治時代にはよく海も見えたという |
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| ※上記写真をクリックすると大きな写真が見れます。 |
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| 正門(南門)から正面にある南校舎の吹き抜け通路を通り中庭へ。目の前にそびえるのは、大正時代から学生たちに親しまれてきた「大銀杏」です。詩人・佐藤春夫をはじめ慶應出身の多くの詩人たちがこの大銀杏を詠っています。木を囲むようにベンチが置かれ、昔も今も慶大生の待ち合わせスポットとなっています。 |
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| 正門(南門)からすぐ目に入る南校舎。校舎の前にはハマユウの群生が広がる。昭和34(1959)年建設 |
『ひともと銀杏葉は枯れて 庭を埋めて散りしけば 冬の試験も近づきぬ 一句も解けずフランス語』と佐藤春夫が詠んだ大銀杏 |
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| 中庭から少し奥に進むと、大きな赤レンガ造りの建物が登場。明治45(1912)年に開館した図書館旧館(国重要文化財)です。階段の踊り場にあるステンドグラスには鎧姿の武将とペンマークを手にした女神が描かれ、一番下にラテン語で「ペンは剣よりも強し」と書かれています。慶大の校章がペンを交差させたものとなったのは、この警句がルーツといわれています。
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| 入り口近くの展示場とステンドグラスのある階段下までが一般見学自由となっている |
絵の意味は、女神(西欧文明)が扉を開けて入ってくると光が差し込み(文明をもたらし)鎧武者(日本文化)が馬から下りて迎え入れるというもの |
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| 入り口の前の福澤諭吉胸像は、記念撮影のスポットになっている。昭和29(1954)年、諭吉119回目の誕生日を記念して設置された |
図書館旧館の外壁に据えられている大時計。文字盤に記されたラテン語は「時は過ぎゆく(光陰矢のごとし)」の意味 |
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| 図書館旧館のすぐそばの「文学の丘」には、小山内薫の胸像と3つの文学碑(吉野秀雄の歌碑、佐藤春夫の詩碑、久保田万太郎の句碑)が並んでいます。いずれも慶應義塾で学び、日本文学界に大きな影響をおよぼした作家たちです。小山内薫は慶大大学部文学科の教授を務め、明治から昭和初期の演劇界で劇作家・演出家として活躍した“現代演劇の祖”として知られています。 |
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| 日本の新劇の父・小山内薫の胸像は昭和39(1964)年に歌舞伎座から移設されたもの |
「図書館の前に沈丁咲くころは 恋も試験も苦しかりにき」と刻まれた吉野秀雄の歌碑 |
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| 「さまよひ来れば秋草の ひとつ残りて咲きにけり おもかげ見えてなつかしく 手折ればくるし花散りぬ」と刻まれた佐藤春夫の詩碑 |
「しぐるゝや大講堂の赤れんが」という句が刻まれた久保田万太郎の句碑 |
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| 「三田演説館」(国重要文化財)は日本初の演説会堂です。福澤諭吉もここでよく演説を行っていたそうです。慶大の演説会(三田演説会)は明治7(1874)年から行われ、現在は春秋2回開催。この演説会から、「憲政の神様」と呼ばれた犬養毅、尾崎行雄ら気骨ある政治家を数多く輩出しています。キャンパス内には、ほかにも福澤旧居跡や独立自尊の時計塔などの多くの見どころがあります。 |
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| 緑に囲まれた三田演説館。いまでも重要な公式行事や式典などに使用されている |
明治34(1901)年の福澤諭吉終焉の地で、屋敷があったが、第2次大戦の空襲で焼失。その場所に立つ記念碑は昭和46(1971)年建立。東門より少し南に行った場所にある |
「独立自尊」とは「自分で物事を考え実行し、その結果は自分で責任を負える人そして他人を大切にする人」という意味 |
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| ◆慶應義塾大学三田キャンパス◆ |
| 所在地 |
港区三田2-15-45 |
| 交 通 |
都営三田線・浅草線三田駅より徒歩4分、JR田町駅より徒歩5分 |
| お問い合わせ |
慶應義塾広報室 電話03-3453-4511(代) |
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創始者・福澤諭吉が慶應義塾大学の起源となる家塾を開いたのは安政5(1858)年のこと。平成20(2008)年に創立150年を迎える、文字通り日本を代表する私学の雄です。 |
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| 慶應義塾大学の正門を出て、すぐ右手にあるのが居酒屋「津國屋」。明治初期に酒屋として創業した趣のある木造の建物で、戦時中の東京大空襲にも焼失をまぬがれたとか。古くから慶大生がお酒を買いに来る店として知られ福澤諭吉もひいきにしていたそうです。現在は居酒屋として営業しておりお昼は定食サービスも。 |
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| 明治の雰囲気を残す津國屋の外観。 |
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| ※上記写真をクリックすると大きな写真が見れます。 |
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| ◆津國屋◆ |
| 営業時間 |
11:30〜14:00(L.O.13:30) 17:30〜22:00(L.O.21:30) |
| 定 休 日 |
土曜・日曜・祝日 |
| 所在地 |
港区三田2-16-8 |
| 交 通 |
都営三田線・浅草線三田駅より徒歩4分、JR田町駅より徒歩5分 |
| お問い合わせ |
津國屋 電話03-3451-0298 |
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| 三田通りの横断歩道を渡って「慶應仲通り商店街」へ。道幅3mほどの小さな路地にある飲食店街ですが、個性的な居酒屋が軒を連ねます。慶大生がコンパやサークルの打ち上げなどで利用する御用達店ばかりです。三田通りから入ってすぐの十字路にはミニ神社「茶の木稲荷」があり、田町側には赤穂浪士九人が切腹をしたという「水野監物(みずのけんもつ)邸跡」もあります。 |
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| 三田通りから見た慶應仲通り商店街。学生たちが集まる純喫茶店や、慶應の制服や学生帽を作っている洋品店などもある |
「茶の木稲荷」は家内安全などに御利益があるとされるが、飲み屋が多い場所のため酔っぱらいに悪戯(?)されないよういつも鍵がかけられている |
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| 第一京浜側から見た慶應仲通り。商店街に入り、突き当りを右折してすぐ右手に水野監物邸跡がある |
「水野監物邸跡」は都指定の旧跡だが、現在は平成13(2001)年に設置された案内板とそばに灯篭が存在するのみ |
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| ◆慶應仲通り商店街◆ |
| 所在地 |
港区芝5丁目20番〜25番 |
| 交 通 |
都営浅草線・三田線三田駅より徒歩2分 JR田町駅より徒歩3分 |
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| 第一京浜と慶應仲通り商店街の間の道にある区立三田図書館の4階に併設され、港区の歴史が学べる資料が数多く展示されています。なかでも「さわれる展示室」では、本物のクジラの骨や縄文土器・民具などを実際に手で触ることができます。レトロな民家をイメージした展示スペースには、大正・昭和時代の懐かしい生活用品が多数展示されています。 |
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| 三田図書館は港区立図書館のなかで最も利用者が多い。駅に近く、慶應義塾大学をはじめ付近には学校施設が多いこともある |
区立港郷土資料館の「さわれる展示室」の様子。左側に見えるのはミンククジラの骨。開室時間は火・水・金・土曜日の12時30分〜16時30分 |
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| ※上記写真をクリックすると大きな写真が見れます。 |
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