旧東海道である第一京浜を田町駅方面に向かって歩いていくと、右手に見えてくるこんもりとした緑が「高輪大木戸跡」です。1700年代に、江戸の町の治安を維持するため立てられた、幅が10m近くもあったという大きな門で、夜になると扉を閉めて交通を規制し、犯罪の防止に役立てていたそうです。今は、石垣だけがひっそりとその名残をとどめています。
ここからは、多くの車が行きかう第一京浜をまっすぐ進みます。現在はたくさんの企業ビルが立ち並ぶ、都会の様相を示すエリアですが、江戸の当時は道路の右手はすぐ芝浦の海でした。道路左手の高台エリアは、徳川家康が「月の岬」と呼んで、海に上る名月を愛でたという、美しいところだったそうです。しかし、大名屋敷が立ち並んでいたため、庶民はその景色を楽しむことはできなかったのだそうです。
しばらく歩くと、左手に見えてくる石の鳥居が「御田八幡神社」です。もともとは、709年に牟左志国(むさしのくに)牧岡(現在の白金三田エリア)に、東国鎮護の神様として創建された時が始まりといいますから、港区の中でも非常に歴史のある神社です。その後、江戸幕府が起こった時に現在の場所に移された、とされています。
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