徳川家の三代将軍、家光ゆかりの「光明寺」。
建暦2(1212)年に創建された当時は「常楽寺」という名でしたが、天文9(1540)年の疫病流行に際し、本尊である阿弥陀如来像が光明を放って人々を救ったとされていることから名前を改め、現在の「光明寺」名となりました。
天正18(1590)年、家康が江戸に入府した時、当時の住職が境内に咲いた紅梅に古歌を添えて献上したところ、非常に喜んだ家康から宝刀を下賜されます。後の正保2(1645)年に、家光が寺を訪問した時、祖父が「光明寺」の梅を喜んだという故事にちなんで、山号を「梅上山」と改めたと言われています。この事から、江戸時代に幕府への新年寺社献上の第一番は、「光明寺」の梅と決められていたのだそうです。 |