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「忠臣蔵」本所吉良邸討ち入り後の赤穂義士たちは…
事件から300余年を経た歴史舞台の今
観光モデルルート 事件から300余年を経た歴史舞台の今
討ち入り後の赤穂義士の足取り
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討ち入り後の赤穂義士の足取り
◆仙石伯耆守(せんごくほうきのかみ)邸跡〜義士洗足の井戸◆

吉良邸に討ち入った後、大石の命を受けた吉田忠左衛門と富森助右衛門の二人が向かった先がこの「仙石伯耆守邸」。現在はニッショーホール(日本消防会館)となっています。二人が仙石邸に赴いた際に、井戸で足を洗ってから座敷に上がったと言われていることから、「義士洗足の井戸」と名前がつき、現在は足を洗う様子を模したオブジェのある噴水となって、ホールを訪れた人々を迎えています。

旧仙石邸は現在のニッショーホールに 足を洗う義士の様子がオブジェとなって配されている   出来事を記した説明板があります
旧仙石邸は現在の
ニッショーホールに
足を洗う義士の様子が
オブジェとなって配されている
出来事を記した説明板があります
※上記写真をクリックすると大きな写真が見れます。
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所在地 港区虎ノ門2‐9‐16
交通 東京メトロ銀座線虎ノ門駅3番出口より徒歩5分
お問い合わせ 財団法人日本消防協会 電話03‐3503‐1481
http://www.nissho.or.jp/
東京メトロ日比谷線六本木駅1C出口直結、「六本木ヒルズ」内

◆毛利庭園・毛利甲斐守(もうりかいのかみ)邸跡◆

義士たちは処分が決定するまでの間、長門府中藩・毛利家、伊予松山藩・松平家、三河岡崎藩・水野家、肥後熊本藩・細川家の四大名に、それぞれ身柄を預けられました。
その一つ、「毛利甲斐守(かいのかみ)邸跡」がここ、六本木ヒルズ。その敷地内に毛利庭園として残されています。
約4300平方メートルという広大な回遊式庭園の中に、ここで本懐を遂げた十人の歴史を物語る看板が静かに残されています。

十士切腹の地は、庭園内にひっそりと記されています 東京都指定旧跡を示す説明板  
十士切腹の地は、庭園内にひっそりと記されています
東京都指定旧跡を示す説明板
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ここがポイント!
都会の中に広がる、緑の広大な庭園 10名の義士が切腹により果てたこの地。その壮絶な記憶も静かに生まれ変わるかのように、今は緑に包まれ、景色を楽しむ人々の散策の場となっています。
都会の中に広がる、
緑の広大な庭園
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開園時間 港区六本木6‐9
交通 東京メトロ日比谷線六本木駅1C出口直結、都営大江戸線六本木駅3番出口より徒歩4分
お問い合わせ 六本木ヒルズインフォメーションセンター電話03‐6406‐6000
http://www.roppongihills.com
都営大江戸線赤羽橋駅を出て桜田通り(国道1号線)を田町駅方面、三田国際ビルの先を右折し、東京簡易保険事務センターの向かいを左に曲がります。

◆松平隠岐守(まつだいらおきのかみ)邸跡◆

閑静な住宅街の中にひっそりと建つ、「イタリア共和国大使館」。ここがかつての「松平隠岐守邸跡」です。残念ながら非公開ですが、大使館内にある庭園と池はほぼ当時のままだと伝えられており、大石主税(ちから)や堀部安兵衛ら十人の切腹の碑も立てられているそうです。今でも忠臣蔵ゆかりの日には、職員による法要も営まれるそうです。

大使館の中には当時の庭園が残されているそう 松平邸の前を緩やかに下る「綱坂」  
大使館の中には当時の庭園が残されているそう
松平邸の前を緩やかに下る「綱坂」
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ここがポイント!

渡辺綱(わたなべのつな)にちなんでつけられた「綱の手引き坂」この近辺は平安時代の武士、源頼光が率いた四天王の一人で、羅生門の鬼退治で有名な渡辺綱が生まれたという伝説もあることから、「綱の手引き坂」「綱坂」という名前が残されています。

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所在地 港区三田2‐5‐4 イタリア共和国大使館内
交通 都営大江戸線赤羽橋駅より徒歩10分
都営三田線三田駅を出て第一京浜を渡り、「慶応通り振興会」の看板をくぐって直進し、突き当りを右に曲がります。

◆水野監物(みずのけんもつ)邸跡◆

人通りの多い路地を曲がると、石造りの大きな灯篭があります。ここがかつての「岡崎城主水野監物邸跡」で、預けられていた九名の中には、吉良上野介に一番槍を差したと今も語り継がれている、間十次郎がいたそうです。今では義士らの死を悼んでか小さなお地蔵さんが置かれ、ここだけが緑の茂る静かな風情を漂わせています。

繁華街の中に九士切腹の地があります  
建物は無く、今はこの灯篭を残すのみです。   灯篭の横には、東京都指定旧跡の看板があります
繁華街の中に九士切腹の地があります
建物は無く、今はこの灯篭を
残すのみです
灯篭の横には、東京都指定旧跡の看板があります
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所在地 港区芝5‐20‐20
交通 都営三田線三田駅より徒歩2分、JR田町駅より徒歩3分
都営浅草線泉岳寺駅A2出口を出て、伊皿子坂(いさらごさか)を上り、伊皿子交差点を左に曲がり、都営高輪アパートの中央入り口突き当りです。

◆細川越中守(ほそかわえっちゅうのかみ)邸跡〜大石内蔵助良雄(おおいしくらのすけよしたか)外十六人忠烈の跡◆

カラフルな色使いとモダンなデザインが特徴の都営高輪アパート中央入り口には、「大石良雄等自刃ノ跡」と記された古い石碑が建っています。ここからまっすぐ奥に向かった突き当たりが、当時の「細川越中守邸跡」です。義士らを預かった大名家の跡の中で、ここ「大石良雄外十六人忠烈の跡」だけが唯一、義士が切腹した場所が明らかにされています。

大藩だった細川家は四家の中でも待遇が良かったとされ、切腹の申し渡しが出て、細川家臣から介錯人を出せとのお達しには、十七人の義士に対し十七人の介錯人を出し、切腹の時に庭に敷く畳も、他家が二枚だったのに対し三枚敷く事で、その忠に応えたといいます。

「大石良雄等自刃ノ跡」の碑が入り口の目印 義士らが死に臨む様子が記されている 大石内蔵助を含む十七人がこの地に散った
「大石良雄等自刃ノ跡」の碑が入り口の目印
義士らが死に臨む様子が
記されている
大石内蔵助を含む十七人が
この地に散った
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所在地 港区高輪1‐6‐25
交通 都営浅草線泉岳寺駅より徒歩5分
ここがポイント!
樹高約10.8メートルにも及ぶ巨大なシイの木。旧細川邸に残されている遺産の一つです。その樹齢は300年以上といわれ大石内蔵助らの切腹の時にもこの地に根付いていた歴史の生き証人です。
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