宝永七年(1710) 札の辻から移して高札場と大木戸がこの地に設けられました。両脇に長さ五間(9m)、幅四間(7.2m)、高さ一丈(10尺=3m)の石垣を築き、間に柵と門がついた街道警備の要崖でした。
他に、甲州街道からの玄関口「四ツ谷」や、中仙道からの入口となっていた「板橋」にも大木戸はあったそうですが、現存しているのは高輪大木戸のみ。夜四つ時(午後10時)から朝六つ時(午前6時)の間は、監視つきで脇の潜り戸しか通れず、犯罪人の逃亡防止など治安維持を目的としていました。
京上り、東下り、伊勢参りの送迎もここで行われ、付近は旅人のために茶屋などが集中し賑わっていました。また、この当時は大木戸の横はすぐ東京湾が広がっており、海浜の景色もよく、月見の名所でもあったそうです。
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