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港区、温故知新。歴史巡り

観光ルート

  1. 青山エリアを歩く
  2. 高輪エリアを歩く
  3. 三田・白金エリアを歩く
  4. 麻布エリアを歩く

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【1】青山エリアを歩く

まずは、幕末から明治時代にかけての活躍した人物にゆかりのあるスポットが多くある「青山エリア」を歩きましょう。今でこそ、ファッションの最先端ともいわれるこのエリアですが、日本の歴史のさまざまな出来事が刻まれた地でもあります。いつもとは、少し違った視点で青山エリアを歩いてみるのもいいかもしれませんね。

【交通案内】
@【青山霊園】:東京メトロ銀座線「外苑前」駅より徒歩8分/東京メトロ千代田線「乃木坂」駅より徒歩12分
A【泉岳寺】:都営浅草線・京浜急行「泉岳寺」駅A2番出口より徒歩2分
B【西郷・勝会見之地碑】:都営浅草線・三田線「三田」駅より徒歩1分/JR線「田町」駅より徒歩2分
C【善福寺】:東京メトロ南北線「麻布十番」駅1番出口より徒歩5分/都営大江戸線「麻布十番」駅7番出口より徒歩10分

ベストセレクトスポット
青山霊園

歴史に名を残した人物を静かに偲ぶ
明治7(1874)年、日本初の公共墓地として、郡上藩青山氏の屋敷跡に開設された【青山霊園】。起伏にとんだ園内は緑豊かで、中央にある桜並木は、桜の名所としても有名で、春になると多くの見物客が訪れます。約26ヘクタールという広大な敷地をもつ霊園内には、約12万人もの人が眠り、なかには著名人の墓所も多くあります。【旧乃木邸】の乃木大将をはじめ、大久保利通、小村寿太郎、後藤新平、副島種臣、松方正義など、日本の近代史に名を残す政治家や、尾崎紅葉、斎藤茂吉、志賀直哉など、時代を代表する文化人も眠っています。霊園管理所には著名人墓所検索システムやパンフレットがあるので、それらを利用すれば、簡単に墓所が探せますよ。


  • 霊園管理所。著名人墓所検索システムの利用やパンフレットは こちらで手に入れよう

  • 桜の葉が青々と茂る霊園中央通り。花見の季節には、ピンク一色に染まる

  • 石原都知事の言葉が書かれた顕彰碑。外人墓地には、幕末から明治期にかけて日本の近代化に貢献した外国人が眠る

※上記写真をクリックすると大きな写真が見れます。

インフォメーション

青山霊園
所在地 港区南青山2-32-2
交通 東京メトロ銀座線「外苑前」駅より徒歩8分/東京メトロ千代田線「乃木坂」駅より徒歩12分
TEL 03-3401-3652

周辺立ち寄りスポット
斎藤茂吉居住の跡

明治の歌人により詠まれた当時の青山
青山墓地中央交差点の出口から出て、青山陸橋方面へ歩きましょう。シャトー東洋というマンションの角を右折し進むと、右手にあるマンションが「斎藤茂吉居住の跡」です。マンションの駐車場脇には、歌碑が建てられています。日本の近代短歌史上に偉大な足跡を残した斎藤茂吉。明治40年から昭和20年までの約40年間この地に居住し、病院経営の傍ら短歌の制作に励みました。碑には、「あかあかと一本の道通りたり霊剋(たまきは)る我が命なりけり」と、青山の景観と自身の心境が詠まれた句が刻まれています。


  • 大正3(1914)年に発表された句が刻まれた碑

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インフォメーション

斎藤茂吉居住の跡
所在地 港区南青山4丁目

道中路地裏プチコラム
高野長英の隠れ家跡

江戸後期の蘭学者が自害した地
表参道の交差点まで戻ったら、対角に渡り、青山学院方面へ向かいましょう。左手にある複合文化施設スパイラルビルの建つ場所が「高野長英の隠れ家跡」です。蘭学者・医者であった高野長英は、幕府の対外政策を封刺した「夢物語」を書き投獄されましたが、伝馬町獄舎炎上を機に逃げ、各地を潜行しました。顔を焼いて人相を変え、沢三白という偽名を使っていましたが、この地で捕まりそうになり自害しました。


  • スパイラルビルの柱に、「高野長英先生隠れ家」と刻まれた碑がある

※上記写真をクリックすると大きな写真が見れます。

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