MINATOあらかるとTOPへ
MINATOあらかるとで
中小企業ガイド 中小企業支援 中小企業お役立ち情報 観光情報 商店街情報 港区の工業 伝統工芸士 みんなの掲示板
額縁(大江洋一)
金・銀細工(鶴岡丈士)
江戸表具(伊藤良雄)
江戸表具(湯山富士雄)
三味線(伊東良継)
三味線(星野芳夫)
筝<琴>(山中敏男)
指物(丹羽憲治・孝太郎)
剣道具(飯塚尚昭)
港区の伝統工芸士TOP
剣道具(飯塚尚昭)
飯塚剣道具店・芝三丁目

「最近は労働賃金の安い外国製の防具も多く出回っているのですが、やはり手作りのものとは使っていると違いが出ます。たとえば面にしても、頭を被う面布団を機械で縫うのと手縫いとでは大きな差が出るんです。

機械縫いは一見、目も細かくきれいに仕上がっていますが、その分、硬い。つまり、面をつけて戦った時に面が衝撃を吸収できないから、頭に衝撃が来る。でも手縫いだと、適度な柔らかさを持たせられるので、頭に受ける衝撃を吸収してくれるんです」

これは面に限らず、胴具、小手、垂と全ての防具や竹刀にもいえること。手仕事の剣道具は全て注文品。出来上がるとすぐ納品するため、飯塚さんの元にあるのは、先代が製作した1点だけ。

「これはもう60年くらい前のものです。父が作って、兄が使い、私が譲り受けて使って、息子が使ったものです。父がいい仕事をしているので、まだまだ使えますよ」ひとりひとりの体型、体格に応じた剣道具を作る飯塚さん。

「注文主に会って、その人の体型を考えて、丸みをつけたり幅を考えて制作します。寸法ですか? 計りません。計らなくてもわかりますよ(笑い)」
匠の匠たるゆえんです。

剣道が、それまでの武士たちだけのものから、明治時代になって庶民の間にも普及しはじめると、剣道具を作る職人も急速に増えました。「その頃は、都内にも相当数の剣道具店が存在して、剣道具を作る職人の数もかなり多かったようです」

また大正、昭和期になると、剣道が学校の授業に採用された事もあり、ますます剣道具の需要は高まりました。「でも、今では、都内に数件になってしまいましたね」

寂しそうに話す飯塚さんですが、まだまだ自分が頑張れるという自負と気迫が感じられ
ました。

 
剣道具 剣道具が作られるようになったのは、室町時代後期のころからで、江戸時代後期になって、竹刀が現在とほとんど同じものが作られるようになると、武士の間に広まっていき、幕末には、それまで異なっていた竹刀の長さも統一され、明治時代になると防具もほとんど今と変わらない形になった。




これと並行して、胴・小手・垂の製作を行い剣道具一式が
完成する。
(今回は紙面の都合上、面のみの製作工程を掲載しました。)

BACK
Copyright © MINATO CITY. All rights reserved .
MINATOあらかるとTOPへ