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明治期に創業された野村楽器店。その店主であり箏づくりの職人として三代目となるのが山中敏男さんです。
「創業者はもともと鉄道馬車の車輪をつくっていました。ところが鉄道馬車がなくなって、手が器用だったのでしょう、新たに箏をつくりはじめ、これが箏曲界の方々に評判を呼んで箏づくりの専門家となったそうなんです。私の親父である先代は、12歳で野村楽器店に奉公して、昭和のはじめに暖簾(のれん)を受け継いだというわけです」
山中さんが箏づくりの道に入ったのは22歳のときでした。
「小さなころから親父の仕事は見ていて手伝いもしましたが、後を継ぐということに反発しましてね。まったく違う道に進もうと思っていたんです」ところが、山中さんが学校を卒業する年、二代目が入院してしまいました。
「もう継ぐしかありませんでしたね。退院した親父のもとで箏づくりの修行に入りました。しかし、音に厳しいお客様に教えられることも多かった。また、それが私自身を成長させてくれたようにも思いますね」
箏は、全長約180cm、13本の弦を張った楽器。ところが、製作者、桐の生育状態や木質や密度によって出来上がりはそれぞれ微妙に形が違うのだそうです。
「表面の山の高さ、板の削り具合い、裏面に彫り込む綾杉彫りなど、素材の状態に合わせながら、お客様の注文に近づけてつくるわけです。同じ製作者でも、一面とて同じ箏はないものなんです」
それだけに、仕上げの弦を張り、調律するときは全神経を集中させます。箏の調律は、一般に奏者ではなく職人さんが行います。最近はナイロン製のものも出回るようになりましたが、本来の弦は絹糸を編み上げたもの。これが澄みきった独特な音を生み出します。
「日本古来の音楽は「間」を大切にしますよね。箏の魅力は、その「間」にこそ発揮されると思います。絹糸の振動によって生まれる音の余韻。その余韻の冴えは箏ならではではないでしょうか」
いまだ修行中という山中さんの仕事場からは今日も名器がつくり出されています。
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